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札幌高等裁判所 昭和53年(ネ)15号 判決

控訴人

下坂浩介

右訴訟代理人

入江五郎

被控訴人

札幌弁護士会

右代表者会長

武田庄吉

右訴訟代理人

山本隼雄

外二名

被控訴人

日本弁護士連合会

右代表者会長

北尻得五郎

右訴訟代理人

小山勲

外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一控訴人の本訴請求は、控訴人の弁護士法第二三条の二第一項前段の規定に基づく昭和四九年七月二五日及び同月三〇日付各報告を求める申立を被控訴人札幌弁護士会が拒絶したこと及び控訴人の被控訴人札幌弁護士会の右拒絶の処置に対する不服の申立につき被控訴人日本弁護士連合会が監督権を発動しない旨回答したことの各取消を求める、というに在る。

そこで、先ず、本件訴の適否について審案するに、裁判所は、日本国憲法に特別の定のある場合を除いて一切の法律上の争訟を裁判する権限を有するものであるが(裁判所法第三条第一項)、法律上の紛争といつても、その範囲は広汎であり、その中には事柄の特質上裁判所の司法審査の対象の外におくのを適当とするものもあるのであつて、例えば、一般市民社会の中にあつてこれとは別個に自律的な法規範を有する特殊な団体における法律上の紛争のごときは、それが一般市民法秩序と直接関係を有しない内部的な問題にとどまる限り、その自主的、自律的な解決に委ねるのを適当とし、裁判所の司法審査の対象にならないものと解するのが相当である(最高裁判所昭和三五年一〇月一九日大法廷判決・民集一四巻一二号二六三三頁、同昭和五二年三月一五日第三小法廷判決・民集三一巻二号二三四頁参照)。そして、弁護士会は、弁護士の使命及び職務にかんかみ、その品位を保持し、弁護士事務の改善進歩を図るため、弁護士の指導、連絡及び監督に関する事務を行うことを目的とする法人であつて(弁護士法第三一条第一、二項)、その目的を達成するために必要な諸事項については、会則等によりこれを規定し、実施することができる自律的、包括的な権能を有し(同法第三三条第一、二項)、一般市民社会と異なる特殊な団体を形成しているのであるから、このような特殊な団体における法律上の紛争のすべてが裁判所の司法審査の対象となるものではなく、一般市民法秩序と直接関係を有しない内部的な問題は右司法審査の対象から除外されるべきであることは、叙上説示したところに照らし明らかである。

そこで、右の観点に立つて本件をみるに、報告の請求については弁護士法第二三条の二がこれを定めているが、第一項によれば「弁護士は、受任している事件について、所属弁護士会に対し、公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることを申し出ることができる。申出があつた場合において、当該弁護士会は、その申出が適当でないと認めるときは、これを拒絶することができる。」と規定され、第二項によれば、「弁護士会は、前項の規定による申出に基づき、公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることができる。」と規定されている。しかし、弁護士からの報告を求める申出に対する弁護士会の拒絶に対して裁判所にその取消しを求める途を開いた明文の規定はない。思うに、弁護士法第二三条の二は、弁護士が基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とするものであることにかんがみ、公務所又は公私の団体が職務上知り又は知りうる事実であつて弁護士がその職務上必要とする事項につき、弁護士をしてその利用を可能ならしめるものであると共にその利用が濫用に亘るようなことがないようにするための配慮から、その権限を直接に個々の弁護士には与えず、弁護士の指導、連絡及び監督に関する事務を行なう機関たる弁護士会に対してこれを与え、弁護士会は所属弁護士からの申出を受け、その必要性、相当性を判断しその裁量により、右申出を取捨したうえ、適当でないと認めるときはこれを拒絶し、適当と認めるときは弁護士会の名において公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることができることにしたものであつて、弁護士の団体である弁護士会がその裁量を個々の弁護士の不利益に誤るというようなことはほとんど考えられないことであるから、個々の弁護士による右申出の取捨を、専ら弁護士会の裁量に委ねて足りるものと考えられる。

以上説示したところによれば、弁護士からの報告を求める申出に対する弁護士会の拒絶に不服があるとしても、それは弁護士会の自主的、自律的な判断に委ねられている、純然たる弁護士会の内部問題について紛争があるにすぎないものというべく、裁判所の司法審査の対象となるところの法律上の争訟がある場合には当たらないものと解するのが相当である(因みに、弁論の全趣旨によつて真正に成立したものと認める乙第一号証の札幌弁護士会照会手続申出規則四条によれば、照会申出を拒まれた札幌弁護士会の会員は、札幌弁護士会に対し異議を述べることができるものとされ、札幌弁護士会は、右異議の当否を常議員会の議に付さなければならないとされているが、常議員会の決議に対しては不服を述べることはできない旨規定されている。)。

次に、日本弁護士連合会は、弁護士の使命及び職務にかんがみ、その品位を保持し、弁護士事務の改善進歩を図るため、弁護士会の指導、連絡及び監督に関する事務を行なうことを目的とする(弁護士法第四五条第二項)が、弁護士が所属弁護士会の処置を不服として被控訴人日本弁護士連合会に監督権の行使を求める申立てをしても、それは、同被控訴人の弁護士会に対する監督権の行使を促すだけのものにすぎず、監督権を行使するかどうかは同被控訴人の自主的な判断に委ねられているものであることは明らかである。それゆえ、弁護士が被控訴人日本弁護士連合会の監督権を行使しないという回答に不服があつたとしても、法律に特に出訴を認める規定がないかぎり、それも亦裁判所の司法審査の対象になるところの法律上の争訟がある場合には当たらないものと解するのが相当である。

なお、控訴人は、控訴人の本訴請求は、憲法第三二条の裁判を受ける権利に基づくものであり、弁護士法第四五条第二項に定める日本弁護士連合会の存在目的からしても当然に基礎づけられると主張する。しかしながら、憲法第三二条で保障される権利は、裁判所で裁判を受ける権利であるから、裁判所の司法審査の対象となる争訟を前提として、そのような争訟について本案の裁判を受ける権利を保障したものであつて、右争訟のいかんにかかわらず、常に本案につき裁判を受ける権利を保障したものということはできない。また、弁護士法第四五条二項の規定も、日本弁護士連合会の目的を定めただけのものであつて、弁護士が控訴人の本訴請求のような訴を裁判所に提起することの根拠規定となりうるものではない。

してみれば、控訴人の本件訴は、いずれも裁判所の司法審査の対象にはならないものというべく、不適法として却下すべきものである。

二よつて、控訴人の本件訴を不適法として却下した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条一項に則つてこれを棄却することとし、控訴費用の負担について同法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(宮崎富哉 塩崎勤 村田達生)

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